すきまブログ

すきま時間に書いてます。

コロナ禍での子連れディズニー

2022年1月に一歳半の息子を連れてディズニーランドに行ってきました。 

ちょうどまたコロナ感染者がどっと増え始めた時期だったので正直とても迷いましたが、思い切って行ってしまいました。

 

寒かったので暖かい格好をして、防寒対策の毛布、ホカロン。コロナ対策のアルコール、アルコールシート、マスク。息子のおもちゃ、お菓子、もしもの時の軽食、抱っこ紐など準備しました。あと基本ファストパスなどはアプリで操作するということなのでスマホのバッテリーと充電器も用意!

 

9時からオープンだったのですが、道が思ったよりも混んでいて8時50分ぐらいに駐車場に到着!それでも入場列は比較的すいていてスイスイ進んでいく感じでした。

 

もう少しで荷物検査という段階でまさかの旦那がスマホを車に忘れるという!!おーい!!ふざけんな😠笑

美女と野獣のチケットすぐ取らなきゃいけないってのに!!

 

とりあえず私と息子だけ入場して入り口付近で待っていることに。コロナ禍になってから初めてランドに行きましたが、検温はもちろんのこと空港のように荷物を預けてチェックする感じになっていてびっくりしました。

 

入場してすぐ美女と野獣のチケット時間をチェックすると最短で10時半ぐらい。今なら比較的早い時間取れそう!旦那早く早く!というのも旦那のスマホにチケットをまとめてあったので旦那のスマホがないことには2人一緒にチケットが取れないのです😭ものの5分でみるみるチケットがなくなっていきもう15時代ぐらいに!早くきてくれー!と思っていると旦那到着!なんとか15時半のチケット取れました!子どもがいるから遅い時間は厳しいし危なかったぜ💦

 

とりあえず美女と野獣のチケットが取れれば私的はあとはのんびり楽しめればオッケーなので任務達成です。とりあえず乗れるアトラクションも限られているのでゆっくりまわっていきました。

 

とりあえず息子の初ディズニー記念にデビューシールをゲット!デビューシールはどのキャストに声をかけてももらえるそうです。しかし息子のコートの胸あたりに貼るとものの数秒で剥がされてしまい、しかも真っ二つに破れてしまいました💦ガーン😱諦めきれずに他のキャストさんに声をかけてもう一枚ゲット!今度はベビーカーに貼りました。パーク内を歩いているとデビューおめでとうといろいろな場所で声をかけてもらえました笑

 

今回乗ったアトラクションはイッツ•ア•スモールワールド、アリスのティーパーティーキャッスルカルーセルウエスタンリバー鉄道ジャングルクルーズプーさんのハニーハント美女と野獣魔法の物語、ミッキーのマジカルミュージックワールドです。一歳半の息子でも問題なく膝の上に乗って楽しめることができました。あとはトゥーンタウンをお散歩したり、子連れでも十分楽しめましたよ。 

 

1つさすが夢の国だなと思ったところは、プーさんのハニーハントを並んでいる間に息子が寝てしまったのですが、そのまま進んでいくと係の人が本日中ならいつでも使えるファストパスのようなものを発行してくれたことです。また一から並ぶのはきついなと思っていたので大変嬉しい配慮でした!

 

ちなみにオムツ替えなのですがベビーステーションというオムツ台スペースがパーク内に2箇所あります。初めて入りましたが広々として清潔な感じで特にトゥーンタウンのベビーセンターは可愛らしいつくりでした。オムツ、ミルク、離乳食なども販売しているそうです。使用済みオムツもその場で捨てることができ助かりました。

 

その他子連れならではの配慮した点は食事場所を早めに確保することです。お腹をすかせた子どもも長時間待たせるのは親子共々きついです。本来なら事前に予約するべきだったのですが、すでに予約でいっぱいで無理だったので早めにレストランに入りました。お昼は10時半ぐらい、夜は16時45分には食事場所を確保し、並ばずに入ることができました。朝早かったのでお腹が空くのも早かったのでちょうどよかったです。混み始める前の方が感染症対策にもいいかなと思いました。

 

夜ご飯を食べて、軽くお土産を見て18時半頃にはパークを出ました。小さい子がいるとやはりこれぐらいの時間がベストかなと思いました。

 

初の子連れディズニー、しかもコロナ禍でしたが息子もなんとなくですが楽しんでくれていたような気がしました。息子は乗り物が大好きなのでポップコーンのワゴンなどを見ると、ブーと指を指して反応していました。私も息子とディズニーを楽しめてとても楽しい思い出となりました。次はコロナが落ち着いたらまた遊びに行きたいなと思います。

 

 

寝かしつけは量より質なのか?

今日は息子がなかなか寝てくれなかった。お昼寝1時間しかしなかったから絶対早く寝ると思ったのに。  

 

布団で寝転がり指を吸い始め完全に寝る体勢に入ったなと思い静かに寝室を出ると、直後にガラッと寝室のドアが開き、笑顔の息子登場!

 

せっかくおもちゃを片付けていたのにまたおもちゃで遊び始めるという。そこからとりあえず気がすむまで遊ばせようかと思い少し様子を見てもテンションは上がる一方。全く寝る様子はない。

 

仕方なく強行突破。お気に入りの毛布と一緒に抱っこして暗い寝室で息子の好きな歌を歌う。そしたらようやく眠そうに目をこすり、目も閉じてきた。

 

よしよしあとはそっと部屋を出るだけと思った矢先、息子号泣!そこからまた抱っこして寝かしつけ。寝かしつけにかれこれ2時間ほどかかった。

 

息子の寝顔を見ると、イライラしてしまったことを後悔する。おもちゃで遊びたかっただけなのに中断させでごめんね。でも君の為なんだ悪く思わないでね。

 

結局どんなに時間かけても寝ない時は寝ないね。なんだかんだ、部屋の照明暗くしたり、抱っこして落ち着かせたりして強引に寝るモードに持っていくことが大事なのかな?でもある程度本人の遊びたい気持ちを大事にした方が本人も満足して寝てくれたらしないのかな?いったい何が正解なんだろう。

 

とりあえず、寝室におもちゃを持ち込ませるのはやめようと思う。

川崎市川崎区の一歳半検診に行ってきました

どうもみりんです!

久しぶり過ぎてもう子どもも一歳半です笑

やっぱり思うようにブログ更新できませんですが、気楽にコツコツ続けていきたいと思います。

 

さて、今日は川崎市川崎区の一歳半検診に行ってきました。12時半から受付で12時半ちょうどぐらいに到着しました。すでに2人待っている人がいて私で三番目でした。

そのあと続々と人がやってきたので早く来て本当によかったと思いました。

 

ちなみに事前に貰った手紙にベビーカー置き場はあるが自己責任でみたいなことが書いてあったので抱っこヒモで行ったのですが、ベビーカーで来ている人がたくさんいてベビーカー置き場も広いスペースがありそうでした。なんだそれならベビーカーで来ればよかったなと思いました。

 

検診は早めに受付しても開始は13時きっかりでした。そこから歯科検診、計測、保健師さんとの面談などすいすいと進んでいき、終わったのは13時半ぐらいでした。早く受付を済ませればだいたい30分ぐらいで終わる感じですね。

 

内容は特に発達テストのようなものはなく、問診票の内容を見ながら軽くお話しするだけでした。

 

よかった点は受付をした後に買い物かごのようなものを荷物入れとして貸してくれました。冬だったのでコートなどかさばる荷物が多かったのでとても助かりました。

 

あと計測はオムツ一枚で受けるので服を脱がさなければいけないのですが、大きめのベビーベットがたくさんあり、そこで脱ぎ着をする感じでした。急かされることもなくゆっくり準備できました。

 

他にもボランティアさんもたくさんいて困ったことがあれば助けてくれます。私は体が硬過ぎて抱っこ紐留め具をつけることが出来ずに手伝ってもらいました笑

パンパースのお土産もいただきました。

 

以上、一歳半検診レポートでした。

そろそろ予定日一週間前

7月14日が予定日なのだけど、一週間前に検診行ったときの推定体重は3100g!姉の子どもは2600gで産まれているのに、もうすでに追い越している。

 

明日とりあえず検診でもう一度体重見て、必要ならばレントゲンで骨盤の大きさなどを見るそうです。

 

最近の私はというと、前よりも出産の覚悟ができたというか、どちらかというともう早く産まれていいよという気持ちになっている。

とりあえず毎日30分以上のウォーキングをしたり、股関節のストレッチ、あとはYouTubeで陣痛の痛みをやわらげる姿勢や呼吸法などを調べて実践してみたり。痛みは怖いけど、ここまできたらもう産むしかないし、助産師さんやお医者さんというプロがわたしにはついている。そして産んだら痛みは終わるし、赤ちゃんも頑張っているんだと思えば乗り切れるはずだと思うようになりました。

 

予定が近づいてくるにつれ、体にも若干の変化が。まずはとても頑固だった便秘がマシになってきた。あとは赤ちゃんの位置が変わったのか、以前ほど仰向けが苦しくなくなったり。赤ちゃんが少し下がってきているのか、お腹の出方も少し変わったような?

そしてむくみは悪化した。特に足のむくみがひどい。フットの部分。

何故かうちくるぶし部分がパンパンにむくんでいて、足の甲もひどい時はハンバーグみたいにパンパン。押すとそのまま指の跡が残って穴があいたようになって、粘土になった気分。

しかし、血圧も正常で尿タンパクもないので特に処置はなし。

あとは眠りは浅くなった。精神的というよりも体が布団や枕にフィットせずに眠れない。そのかわり昼間は眠くて、すごい時は2時間ぐらい昼寝してしまう。その時はなぜかめっちゃ爆睡できるから不思議。

 

まあ、いろいろあるけど長かったマタニティライフも終わりに近づいているかと思うと、寂しいような、すっきりするような。

そして今日からいつ産まれてもいいように旦那が私の実家でテレワークしてくれることになっている。これは心強い。旦那には立ち会い出産をしてもらう予定です。コロナの中で立ち会い出産できることに感謝。

 

もういつでも出てきていいよー。

怖いけど笑

 

妊娠していることがわかった時の気持ちを振り返ってみる

2018年の9月に婚姻届を出し、2月末に結婚式が控えていたのでそれまでは子どものことはそれからだねと考えいた。本当ならもう少し新婚生活を楽しんでいたかったけど、私は多嚢胞卵巣で更に左卵巣にチョコレート嚢腫を持っていた。年齢も28歳で子どもを作るには決して若くはないと思っていたので個人的に子どもについてはいそぎたいなと思っていた。

旦那にもその意思は伝えていて同意してくれていた。

 

元々私はチョコレート嚢腫の治療で低容量ピルを服用していた。まずはそれをやめなければならない。結婚式も無事に終わった頃、かかりつけの婦人科でそろそろ子どもを持ちたいことを伝え、3月でピルを止めることにした。

ただピルをやめるということは生理が来るたびにチョコレート嚢腫が悪化していってしまうのでできるだけ早く妊娠することが大切だった。しかし、同時に多嚢胞卵巣もあったので普通の人と比べて排卵が起こりにくい。排卵しなければそもそも妊娠できないし、チョコレート嚢腫も悪化していけばそれも不妊のリスクになるという最悪な問題を2つ抱えていたため、不妊治療も頭に入れておかなければなと考えいた。旦那には大袈裟だと言われたけど、それくらい深刻に考えていた。

 

しかし、いきなり不妊治療というともあれなのでとりあえず半年間ぐらいチャレンジしてみて自然妊娠しなければ不妊治療を受けようと区切りをつけた。

 

子作りに向けてまずは基礎体温をつけることからスタートした。基礎体温をみる限りは低温期と高温期に分かれていて、とりあえず排卵はしているのだなとホッとしていた。あとはその近辺でタイミングをとっていたが、最初の2〜3ヶ月ほどはまだまだ始めたばかりだし、そう簡単にはいかないだろうと気楽に考えていたが、夏頃になるにつれ、毎月タイミングは合っていそうにもかかわらず、生理予定日あたりに基礎体温が下がってしまうとなんとも言えない絶望感に襲われた。やっぱり私には自然妊娠は無理ななのかな?ネットでそれ系の話ばかり検索してしまったり、あとはタイミングを合わせて行う行為にだんだん疲れてきてしまっていた。

 

もちろん旦那のことは好きだし、将来子どもができなかったとしても夫婦2人で楽しく暮らしていければそれはそれで幸せだろうと思っていたし、旦那もそう言ってくれていた。ただ自分が年老いた時のことを想像すると寂しくなった。あとは親戚の集まりなどでまわりにどんどん赤ちゃんが誕生して、羨ましい気持ちになってしまう自分を想像したりして苦しくなった。

 

9月になって、今まで順調に二層に分かれていた基礎体温が狂い始め、これはもうプロの手を借りようと思い、不妊治療のクリニックの門を叩いた。病院は口コミなどを参考にして選んだ。ちょうどラグビーワールドカップが開幕された頃だったな。

 

クリニックではまずは1ヶ月間ぐらいかけて一通りの検査をしてから必要な処置を行なうことなどの説明を受けた。初診は旦那も一緒に来てくれた。これから長い治療になるのだろうなと思っていた。

 

10月の終わりに卵管造影検査という卵管が通っているか調べる検査をした。痛いとはきいていたが本当に結構痛かった。その検査をしたあと半年は妊娠しやすいゴールデン期間などと呼ばれているらしい。検査のあと診察を受けると、3日前ぐらいにはまだ排卵すら気配はないと聞かされていたにも関わらず、すでに卵子が見当たらないので排卵しちゃったかもねと先生に言われた。検査当日は細菌感染の恐れなどから妊活は禁止らしいので、今回はもう間に合わないかなという事実を告げれる。おいおいあなたが大丈夫だというからその日に検査を受けたのに、貴重な排卵日を逃してしまったじゃん。となんともモヤモヤした気持ちを抱えながら病院を後にした。

 

だけど諦めの悪い私は次の日の朝に旦那を誘ってみたのだった笑

正直全く期待してなかったが、できることはやっておきたいという気持ちが大きかった。

その時の子が今お腹にいる我が子なのであった。

 

正直旦那も私もその月は全く期待してなかったので逆にダメで元々精神で気楽に過ごしていた。高温期に入ってそろそろ生理予定日かなって思っていた頃、まだ高温期だ?じゃあ明日あたりかな?という日が2.3日続き、私の頭の中でもしかして?という気持ちがよぎり始めた。

 

いやでも期待しすぎるのやめようと思っても、基礎体温は下がる気配がなく、だんだんと自分の中で妊娠という言葉が濃厚になってきた。妊娠検査薬で調べてみようか?でも違った時がショックすぎる。明日になってもこのままだったら買おう。いやもう一日待とうという日を2.3日経てついにドラッグストアで検査薬を購入。実は検査薬を試す前に排卵検査薬でも妊娠がわかるという話をネットで知り、二度試してみたところ二回ともすぐに線が浮かび上がってきたことからだいぶテンションが上がっていた。

 

しかし、結局ダメだった時の絶望感が怖くてその日は検査せず、明日生理が来なかったら仕事から帰ったら検査をすることに決めた。正直今までこんなに生理が遅れることはなかったのでだんだんと変な自信を持ち始めている自分がいた。

 

案の定生理は来ず、少し緊張するが、私は1人トイレに向かった。説明書通りに試してみたところ、すぐに濃い陽性反応の線が浮かびあがった。嬉しかった。私も妊娠できたんだ。私にも子育てという経験ができるんだ。お母さんになれるんだ。なんだかいろいろとこみ上げてきた。

真っ先に旦那に連絡して一緒に喜びを共有!ケーキまで買ってきてくれたっけな。

 

今こうして振り返ってみると、結局本格的な不妊治療をしないまま自然妊娠できたことは本当に恵まれていたと思うし、このタイミングでこの子が来てくれたことには意味がらあるんだろうし、無事に正産期を迎えられたことは奇跡なんだなと思う。妊娠したらしたで余計なこと考えたりして悩んでしまう時もあったけど、贅沢な妊活の時を思うと贅沢な悩みだなと感じた。出産に臨む前に振り返ることができてよかった。出産と子育て頑張ろうって思えた。

私達夫婦のところに来てくれてありがとう。大好きだよ。

妊娠初期、主につわりについて振り返ってみる

11月上旬に妊娠がわかり、特に体調が悪いなどの自覚症状はなかった。ただ力仕事の職場であったため、思い物を持った後や長時間立ち仕事をした後などは、なんとなくお腹が引きつるような違和感があるような気がする?程度だった気がする。  

 

周りから見ても自分でさえもまだまだ体の変化をほとんど感じることもなく、胎嚢確認、心拍確認など1つ1つステップをクリアして安心したり、まだ胎動を感じることもないので月1の検診で本当に赤ちゃんが無事かどうか心配になったり。重い物持ちすぎた、生ハム食べてしまったとか自分の行動に不安になって検索しまくる日々だったように感じる。

 

マタニティーマークも今となっては堂々とつけているが、というかむしろ着けなくても一目で妊婦とわかるのでむしろ不要なくらい?だが、もらったばかりの頃はまだまだ着けるのが照れ臭いというか、変にアピールしているように思われてもやだなとか、電車などでもどうして体が辛いという時以外は見えないように鞄にしまったり、逆に優先席に座るときには出したりという風に気を使っていた。初めて席を譲ってもらった時は嬉しかったなぁー。

 

つわりに関しては11月の下旬あたりの妊娠6週当たりから始まった記憶がある。最初に違和感を感じたのは仕事帰りに旦那と食事をすることになり、その時に食べたラーメンの匂いに少しうっとなってしまったのが始まりだった気がする。しかし、母親も姉もつわりがほとんどないタイプであったため、きっと気のせいだろうと思っていた。

 

その週あたりから徐々に食欲がなくなり、なんとなく首のあたりが締めつけられて嗚咽を感じて苦しくなることが多くなった。匂いに関しては調理関係の仕事をしていたので匂いにいつもより敏感になってしまって辛かった。あまりにも辛い日は少し厨房を抜けさせてもらうなどしていた。その他にもテレビのグルメ番組などを見て時々気持ち悪くなったりもした。

 

特に受け付けなかったものはきのこ類と肉類だった。肉もひき肉だったらまだ食べられたりした。意外にもコロッケやフライドポテトなどの揚げ物が美味しく感じて、マックのフライドポテト伝説は本当なんだなと思った笑

本当に何も食べたくないときはマックのフライドポテトLのみの夕食などということもあった。普段はそこまでファーストフードは食べない私だがあの頃は人生で最もジャンキーな生活を送っていた気がする。

食生活かホルモンの影響かは不明だが、肌も荒れ放題だった。

 

子どもが産まれる前の最後のクリスマスということで私の要望で旦那にディナーに連れていってもらったりもしたが、その時に出た牛肉のワイン煮込み的な物に吐きそうになってしまったり、せっかくのクリスマスディナーなのにと悔しい気持ちにもなったりもした。だけど意外と職場でのお昼や外食など、誰かと一緒にとる食事の方が美味しく食べられる気がした。

 

ただ、実際に吐いたのは数えられる程度で急激に痩せたとかそういうこともなかったので、酷い人の話しなどを聞くと、自分は全然マシな方なのだなと感じた。それでも多少は辛かったのでつわりが酷い人は本当に大変だろうなと思った。

 

そんなつわりとの戦いも1月中旬ぐらいには終わりを告げた。ある日突然食べられるようになったというよりも、本当に徐々に食べられるようになっていったという感じだった気がする。正直記憶がないので本当に自然に消えていったのだろう。きのこに関しては恐る恐る食べて見た記憶がある笑 そして食事がおいしく食べられることの幸せをかみしめたのであった。

 

臨月の今となってはつわりの時の辛さなどほとんど忘れしまったし、逆に食欲と体重との戦いがしんどいくらい笑

思い返すと懐かしいなぁ。

出産の痛みもこんなふうに忘れていくのかな?

 

次回は妊娠が判明した直後の話を書きたいと思います。